福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)335号 判決 1967年11月15日
控訴人(付帯被控訴人)・大久保正好
控訴人 梶山スエノ
<ほか一名>
右三名訴訟代理人弁護士 古賀野茂見
被控訴人(付帯控訴人) 小笹正輝
右訴訟代理人弁護士 山中伊佐男
主文
原判決主文第一項中金員支払を命ずる部分をつぎのとおり変更する。
付帯被控訴人大久保は付帯控訴人小笹に対し、昭和三一年一月一日から昭和三三年三月三一日まで月金六九三円、同年四月一日から昭和三五年三月三一日まで月金九四七円、同年四月一日から昭和三七年三月三一日まで月金一、四九九円、同年四月一日から昭和三九年三月三一日まで月金二、四五一円、同年四月一日から昭和四一年三月三一日まで月金二、九〇二円、同年四月一日から本件土地明渡ずみに至るまで月金三、九九七円の各割合による金員を支払え。
控訴人らの本件控訴は棄却する。
控訴費用は控訴人らの、付帯控訴費用は付帯被控訴人大久保の各負担とする。
事実
控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人の控訴人らに対する当該請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、なお、控訴人大久保は右のほか、「被控訴人は控訴人大久保に対し金四〇万円およびこれに対する昭和三二年一二月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え」との判決およびこれに対する仮執行の宣言、ならびに、「後記付帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決ならびに付帯控訴として「主文第一、二項同旨の判決」を求めた。
≪以下事実省略≫
理由
一、まず、被控訴人の控訴人大久保に対する本訴ならびに控訴人大久保の反訴請求について判断する。
(一) 被控訴人所有の長崎市住吉町三四四番の一宅地七二坪九合四勺(以下従前の宅地という)について、昭和三〇年一二月二六日、土地区画整理法にもとづき施行者たる長崎県知事より仮換地として原判決別紙第一物件目録記載の宅地五二坪七合が指定され、その効力発生の日を昭和三一年一月一日と定められたこと、控訴人大久保が右仮換地の一部である前同第一物件の土地一二坪(以下、本件土地という)上に前同第二物件目録記載の家屋(以下、本件家屋という)を所有し本件土地を占有していること、以上の事実は当事者間に争いがない。
(二) ≪証拠省略≫を総合すれば、一審被告梶山高市は本件従前の宅地の一部を昭和二四年一一月頃当時の所有者宮本好太郎から建物所有の目的をもって賃借し、間もなく本件家屋を建築し昭和二七年三月一三日右家屋の所有権保存登記を経由したが、その後本件従前の宅地は右宮本から片岡舜一を経て被控訴人にと順次譲渡され、被控訴人は昭和二九年七月九日中間省略の方法により宮本から直接所有権移転登記手続を受けたこと、他方、控訴人大久保は前記梶山から本件家屋を昭和三〇年一〇月九日買受け昭和三二年一二月二一日所有権移転登記を経由したこと、以上の事実を認めることができ右認定を左右するに足る証拠はない。
前認定の事実によれば、梶山は本件従前の宅地の賃借権をもって被控訴人に対抗しうる関係にあったことは明らかであり、したがって、仮換地指定の事実さえなければ、右梶山から本件家屋を買受けた控訴人大久保は、被控訴人において本件従前の宅地の賃借権の譲渡ないし転貸を承諾しない本件においては、被控訴人に対し本件家屋の買取請求権を行使しうる関係にあったことも明らかである。
(三) ところで、はじめに述べたように、本件従前の宅地については昭和三〇年一二月二六日仮換地が指定されたのであるから、当時被控訴人に対抗しうる従前の宅地の一部の借地権者であった梶山は、仮換地について土地区画整理法第八五条による権利申告の手続をして施行者たる長崎県知事から仮りに使用収益しうべき部分の指定を受けさえすれば、仮換地の一部を現実に使用収益することができたのであるが、右の指定を受けなかったため現実に仮換地の使用収益を継続することができなくなったわけであり、そして、今もって右権利申告も使用収益しうべき部分の指定もなされていないことは当事者間に争いがない。
(四) そこで、控訴人大久保の本件家屋の買取請求権行使の可否について検討する。
借地法第一〇条は、借地権の譲渡について土地賃貸人の承諾があれば適法に従来の借地権を取得しうる地位にある第三者が、賃貸人の不承諾のために借地権者となることができない場合に建物保護のために第三者に買取請求権を与えた規定である。しかしながら、従前の土地に対して仮換地の指定があった場合には、従前の土地の借地権者といえども当然には仮換地上に借地権を移行しうるものではなく、従前の土地の賃貸人が承諾すると否とにかかわりなく、施行者による仮換地内における使用収益部分の指定がなされない限り、従前の借地権者はもち論のこと、同人から借地権の譲渡を受けた第三者も仮換地について借地権の内容である使用収益権を適法に行使することができない状態にあるといわなければならない。したがって、その建物敷地について使用収益部分の指定を受けていない仮換地上の建物を譲り受けた第三者は、賃貸人が土地の賃借権の譲渡を承諾しない場合でも、建物買取請求権を有しないものとするのが相当である。
これを本件についてみれば、本件仮換地について従前の宅地の借地権者であった梶山が使用収益部分の指定を受けていない以上、右仮換地上の本件家屋を同人から譲り受けた控訴人大久保は、被控訴人に対し建物買取請求権を行使することができないというべきである。さらに付言すれば、梶山において本件家屋を第三者に譲渡することなく仮換地指定後もそのままの状態で仮換地の一部を建物敷地として使用していたならば、無申告、未指定である限り被控訴人に対し家屋収去、土地明渡の義務をまぬがれず、また梶山が権利申告をする場合にも、仮換地は減歩され土地の形状も四囲の状況も従前の宅地とは異なっているから、賃貸人である被控訴人において将来仮換地の使用を認めるについては、その範囲、位置について注文もあるだろうし、施行者も上記の点を考慮して使用収益部分の指定をするにちがいない。しかるに、梶山が無申告、未指定のまま控訴人に本件家屋を譲渡した場合でも、被控訴人に対する建物買取請求権を有するとすれば、とりもなおさず、仮換地の使用を従前のまま認めるか、家屋を買取るかの二者択一を被控訴人に強制する結果となり、前者の場合に比べ明らかに被控訴人にとって不当、不合理な結果を招来する。以上の点からみても前記結論はこれを是認すべきである。
(五) 控訴人は本件仮換地の指定は現地換地であるから、梶山は従前の賃借権をもって仮換地についても被控訴人に対抗しうると主張する。なるほど、本件仮換地指定が従前の宅地内にこれを減歩してなされた現地換地であることは被控訴人も争わないところであるが、仮換地が現地換地であると否とによって前記結論を左右するものでないことは前説示により明らかであるのでこの点についての控訴人の主張は理由がない。また、梶山の権利不申告の効果は控訴人に何らの影響も及ぼさない旨の控訴人の主張の理由がないことも明らかである。
つぎに、≪証拠省略≫によれば、梶山は本件家屋建築にあたり、昭和二四年一二月一三日、昭和二一年勅令第三八九号戦災復興土地区画整理施行地区内建築制限令および大正八年法律第三七号市街地建築物法による知事の許可を受けた事実を認めることができるけれども、前記法令による知事の許可は土地区画整理法にもとづく施行者による仮換地についての使用収益部分の指定とはその性質、目的を異にする行政処分であるというべきであるから、前記法令による許可を受けたことに対し、右使用収益部分の指定を受けたのと同様の効力を付与することは許されない。≪証拠省略≫中控訴人の見解に同調するかのような部分があるが、これは採用に値しない。よって、この点についての控訴人の主張も理由がない。
(六) 右のとおりであるから、控訴人大久保の本件家屋買取請求権の行使を前提とする留置権の抗弁および代金の支払を求める反訴請求はいずれも理由がなく、その他、本件土地を占有しうべき権限について何らの主張、立証もない本件においては、控訴人大久保は被控訴人に対し本件家屋を収去し本件土地を明け渡すべき義務があるとともに、仮換地指定の発効後である昭和三一年一月一日以降明渡ずみに至るまで、賃料(地代)相当の損害金を支払う義務がある。
そこで、損害額について検討するに、≪証拠省略≫によれば、昭和三一年一月一日以降現在に至るまでの本件土地の賃料相当額は当審における被控訴人主張のとおりの金額であることを認めることができ、右に反する≪証拠省略≫は採用できない。よって、控訴人大久保は被控訴人に対し前記割合による賃料相当損害金を支払うべき義務がある。
二、被控訴人のその余の控訴人梶山、福本両名に対する請求について判断する。
控訴人両名が本件家屋中被控訴人主張の部分を占有していることは当事者間に争いがない。控訴人両名は控訴人大久保から本件家屋を賃借していると主張するけれども、控訴人大久保は本件土地を適法に使用収益しうる権利を有せず、本件家屋を収去し土地を明渡すべき義務があることはすでに説示したところであるから控訴人両名も前記家屋の賃借権をもっては被控訴人の請求を拒むことは許されず、被控訴人に対し本件家屋の占有部分から退去し本件土地を明け渡す義務をまぬがれない。
三、右のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであり控訴人大久保の反訴請求は失当として棄却をまぬがれない。当審と結論において同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がない。よって本件控訴を棄却し、なお、被控訴人の本訴請求中控訴人大久保に対する賃料相当損害金の支払を求める部分については付帯控訴による請求の拡張があり、これも正当として認容すべきであるから、右の限度において原判決の当該部分を変更することとし、控訴費用の負担について民訴法第九五条、第八九条、第九三条、付帯控訴費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤秀 裁判官 高石博良 安部剛)